9月2日

えもしれぬ不安を感じている。

全てが中途半端な感じがして、やっていることが誰からも褒められない。全てがうまく行ってない気がする。

事業・友人の結婚式。

全てが中途半端で、後ろ指を指されている気がする。その時その時の決断を全力でやりたいと思っているのに、それが出来てない感じがする。

今やっている勉強も先が見えない、本当にこれが意味があるのかどうか。今すべきことなのだろうか、と。ただの自己満ではないのだろうかと。すがるところがなくて不安を感じている。

知っている。

この霧の中でできることは、それでも一歩一歩をしっかりと、現実から目を背けずに歩いていくしかないのだと。

 

支えとなる言葉を。

悶々と感じたことがあった。

 

結局自分は、いろいろな壁に阻まれ微力であると。

 

今の相手との関係を変えたい。

頼りっぱなしというか、相手が動かなければ動けない自分になってしまっている。

と、そう悶々としていた。

 

劣等感なのか、なんなのか。

悶々とした感情が渦巻いていた。

ただしその中で、上のことは相手との力関係性を考える上では、冷静に見て行きたい。

今後、自分ある程度主体的に動けるようにしていかないと結局は何も動かせないことになってしまうから。

 

 

ただし、そんな想いを抱えた中で読んだ内定者のブログ。

改めてなんだかそんなちっぽけなことはどうでもいいと思わされてしまった自分がいた。

 

”私利勿かりしか”

 

まだまだ結局自分はここにとらわえてしまっていた気がする。

もっと大きく見たい。

成し遂げたいことがある。

成し遂げなければならないことがある。

 

もちろん自分には”圧倒的な努力”が必要。

みんなよりも結構頑張ってるね、とかではなく圧倒的な努力が。

 

しかし一方で、自分が自分がと囚われすぎず、エゴにもならず、

みんなに手助けしてもらいながら、大きく前へ進み出したい。

 

私利勿かりしか・動機善かつ大なりか。

自分というものに囚われずに、大きく動かす。

 

 

 

以上。

大きなことをしたい。

先日に引き続き、改めて大きなことしたい、物事を大きく変えていけたらと考えている。

 

そのためには

「私利私欲がなく、真っさらな心で臨まないといけないのではないか。

成し遂げられないのではないか。」と思い始めた。

 

日々、私利私欲・自らの損得勘定に心を引っ張られてしまうことがある。

なんだかそれに引っ張られてしまってはできないように感じている。

ちまちまとしか動いていかない気がする。

 

いい意味で一つに集中するために、自分の神経・全エネルギーを一点に集中するためには、無駄なものごとに足を取られていてはいけない気がする、引っ張られてはいけない気がする。

 

そのためには、無心で、私利なかりしか?の心で、広く・大きく物事を見ていきたい。

青く広い空・大海に比べれば、自分の悩み・エゴは取るに足らないちっぽけなものであることをいつも覚えておきたい。

そしてその上で、物事を本当の意味で推し進めていくためには、そう言うものに囚われない心・動かされない、真っさらな心が必要なのかもしれないと感じ始めた。

 

本当の意味での、私利勿かりしか?は、

感情を持つな、と言うことでなくて、自らの小さなエゴ・損得勘定にとらわれるな、という、まだうまくは言えないけれど、そういう生き方のような気がする。

 

美しいものを美しいと思う心、

悲しいものを悲しいと思える心

素直にものごとを捉える心ではあるのだけれど、

それすらもどこかまずそこだけにとどまるものであって、それ自体に自分の心を引っ張られたり、えぐられたり、どす黒い感情に囚われることなく、距離を少しおいて対象をみる目線で見ていきたい。

それはそれとして、囚われることなく、ただ愚直に、愚直に、やるべきことをしていく。人間として正しい生き方をしていきたい。

物事を大きく変えていく。

三週間という期間があっという間に過ぎる。

 

日々一生懸命には生きているんだけど、なかなか前へ進んで行かない。

もちろん少しずつ進んではいるのだろうが、

まだ事実上何も成し遂げられてないこの期間。

 

大きく物事を進め、変えていきたい。

 

そのためになにをすべきか?

・やるべきことを絞り、一つずつしっかりと進めていくこと。

一方で

・広く、俯瞰する視野を絶えず持つこと。

 

この二つか。

大きくなスケジュール全体感を持ち、ケツを決めて、大きく・一歩ずつ進めていこう!

覚悟と後悔と責任感

本田圭佑久保建英、そして中田英寿

 

期待と重圧を受けながら、

謙虚にそしてストイックにそして、強さを持ちながらサッカーに没頭していった人たち。

僕は彼らに比べ、没頭し、強く、しかし謙虚にできているのだろうか。

まだまだ貪欲さが足りない。

もっと深く、もっと強くやっていきたいと感じた。

後悔したくない。精一杯自分ができることをただただ愚直に突き進み、ある種のプロテスタンティズムのような精神で”現在”に向き合っていきたい。

井の中の蛙

facebookにて、自分のフィードや知り合いの方の投稿を見ていた。

3.11の映像、シリアやパレスチナに触れるもの、そして働く/生きるということ。

 

『働く』ということと『生きる』ということ。

少し見つめ直すきっかけになった。

 

何も成し遂げられてないという現状に対する意識が甘いなと思ったり、

一方で先へ先へと急ぐ中で、何か大切な感情を置き去りにしているような、仲間を大切にできていなかったり、家族を大切にできていなかったり、自分を大切にできていなかったり、そんな気がしている。

 

"結果"という先のことへ執着しながらも、"現在"を大事にするということ。

今の抱いている感情・感覚を忘れないでいたい。

『LA LA LAND』

素晴らしい映画だった。

 

音楽ってこんなにも人の感情を豊かにするのかと、

それに合わせるタップダンスやミュージカルってこんなにも心を温かくも揺れ動かすのかと、

 

ラストシーンがあまりにも切ない。

たった1分ほどの『演じる・演じられる』時間。

その時間は儚く、しかし存在している時間。

ミュージカルはすごい。

 

言葉は流れるように軽やかで、静かにすっと心を打ち続ける。

人に感じる心があるのは、なぜか。なんてことすら感じてしまった映画だった。

 

あまりにも面白く、思わずサントラをダウンロードしてしまった映画でした。